Aoyama Vietnam 青山社長に聞くベトナム進出の苦労

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10月末のホーチミン郊外、青山プラスチック塗装のベトナム子会社、Aoyama Vietnamに訪問させて頂いた際の青山会長のプレゼンテーションをまとめてみました。

Aoyama Vietnamは、ホーチミンシティの中心から車で50分ほどの田舎の小さな工業団地の中にありました。都会の工場とは違い、正直、決して住みやすい場所とは言えない畑の中にあります。もちろんコンビニなし、レストランなし、スーパーなし、途中の道端の店舗や露店の店主たちは、ハンモックに寝そべったり、ベトナム将棋に興じていたりと、おそらく一日に数人しか来ないお客様をのんびりと待っています。

トイレを利用させていただきましたが、ボットンではないものの、もちろん洋式ではありますが、水溜めにたまった水を柄杓で汲んで流す手動式水洗です。

そんな環境で1年の半分をこちらで過ごすという青山会長(日本の青山プラスチック塗装(株)では会長ですが、Aoyama Vietnamでは社長を務められています)、そして同じく年の半年近くをこちらで過ごすという、そのご子息である日本の青山プラスチック塗装(株)の社長様のご苦労は、筆舌に尽くしがたいものなんだろうなと、尊敬の念さえ抱きました。

さてここからは、青山会長のお言葉を要約して、ブログ化したものです。

**************お話始まり***************

Aoyama Vietnamは、6年前、まったくお金がないなか、スタートしました。通常の方法なら、80万円かかると言われたライセンス取得も、すべて社内で業務を遂行したため、わずか数千円でできました。

この工業団地の家賃も、ほとんどの日本企業が進出している、もっと大きな工業団地の3分の1の家賃相場です。しかしながらこの工業団地にたどり着くまで、筆舌に尽くしがたい苦労をさせていただきました。まず、ベトナム人との交渉には理が通じません。この点は経験されないと解らないと思いますが、本当に大変です。でもこの苦労のお陰で、今なら、下手なベトナム進出コンサルタントよりも、はるかにこの地における裏の仕組みを判っているつもりです。実際に私のアドバイスの下、進出手続きを行い、ベトナム進出をはたした日本の中小企業もいくつかあります。

あまり細かいことは申し上げることはできませんが、この国は、50年前の日本、20年前の中国と同じで、真正面から交渉しても、ことが上手く運ぶことはありません。間違いなく、裏のコネや金が動く世界です。

あと、この国に進出してくる際、気をつけなければいけない点は、「日本で20年の耐久性のある機械や工具でもわずか5年で使えなくなる」ことです。高温多湿がその理由です。私はそのために、工具や機械を錆びさせないように、ベトナム式のレンガの建物を建てました。その中なら錆びないのです。

2年ほど前から、日本の中小企業の進出が急速に増えてきています。進出している日本の中小企業ですが、関東より関西の企業の方が、圧倒的に多いです。これは明らかに、関西人の方が進取の気性に富んでいるということの証明なのかもしれないなあと思ったりしています。いずれにしても、2年前、2千人だった日本人は、今や1万人にまで増えています。

こちらの工賃、最低賃金が月15,000円位です。田舎なので、従業員の家賃等の負担もあり、大体1人あたり5万円から6万円の費用がかかります。ですから100人もいたら人件費も馬鹿になりません。

しかしながら、従業員が日本の10倍いるからと言って、その生産高が10倍になるかと言うと、決してそうではありません。おそらくその生産性は5割程度です。

こちらの従業員になにか新しい仕事や異なった仕事を頼むと、「それは私の業務ではない」と平気で断言します。多能工という考え方が存在しないのです。これを変えるのは本当に大変でした。でも、「みんなでやる雰囲気」を構築する努力を怠らず、5年前には一日2~3時間残業していたものを、今ではほぼ全員、定時で終業できています。そして5年前と同じ仕事量をこなしています。

そのためには、『郷に入っては郷に従え』という決意が大切です。この国には、国を挙げてのイベントや催し物が多くあります。これらのイベントや催し物に寛大である必要があります。

あと、ベトナム人はプライドが高いです。プライドが高いというより、自国や自国の文化に対して、とても大きな誇りを持っています。

これは設立2年目のことです。実は、このAoyama Vietnamでは、社長の私、自ら給与計算をするのですが、ある従業員に対する残業計算を間違えたまま支払ったことがあります。その際、烈火のごとく怒って、その従業員が私の下にやってきました。よく見たら、日本円でわずか25円の違いです。しかしながら、そのわずかな違いでも、こうべを垂れて深謝する姿勢がないと、この国では務まりません。もちろん私は、心から謝りました。

ベトナム人はフレンドリーです。そして日本人が大好きです。日本に対するイメージは、お金持ち、頭が良い、綺麗好きです。ベトナム人は、日本人の言うことは素直に聞いてくれます。しかしながら、彼らの心の奥には、「私たちだけが唯一、アメリカに勝利した国」というプライドがあります。ですから何かあると、「ベトナムでは違います」という、自国の風習や習慣は変えられないと主張する傾向があります。

しかしながら、ベトナム風に仕事を行ったら、搬出先の日本企業に受け入れられるレベルの製品の安定供給は不可能です。なにしろスピード感が違うのですから。

私の行ったことは、とにかくトップダウン、「ここは日系企業だ!」と理解させることでした。初めはまったく聞いてくれません。しかしながら、手順の変更や多能工化等を少しずつ行い、それが結果につながるにつれ、段々と言うことを聞いてくれるようになりました。でもその匙加減が難しいです。

その社員ごとの適性を見て、スタッフの役割を決めています。そのきめの細かさが大切です。

私は現在、66歳ですが、実は57歳のとき、一度引退して青山プラスチック塗装(株)の代表を辞任しました。そのあと、会社は息子が引き継いでくれました。私が辞任する際、息子は、「親父も頑張ってきたのだからそろそろ少し休んで、今までできなかったことを楽しんだら」とアドバイスをしてくれました。その私を60歳の時にベトナムまで引っ張り出し、ベトナムでこき使っている、その上、「今度はバングラディッシュもやってよ、親父」です。親不孝な息子です(笑)。でも私も結構楽しみながらやってますが…。

こちらで生活していると、結婚や出産のお祝い事が多くて…。一回50万ドン(2,500円)程度なのですが、こちらでは結構痛手で、月に2万円とか3万円の出費になります。

前にも書きましたが、この国では裏金やコネが活きてきます。その辺の相場観は熟知しているつもりです。この点において、オーナー社長やオーナー社長の息子等が現地の社長として進出してくる際は、特に問題がないのですが、日本企業の雇われ社長が出てきた際、ほとんどの雇われ社長には自分の金を出すことができません。そうなると、物事は何も前に進みません。30~40年前の日本と同じです。この点では、警察、観光、通関等が裏金の生かせ場所ですが、特に通関の質が悪いです。使途不明金の余裕がないと、ベトナムでは何もできません。

それから、「社長はベトナム語が話せるの?」という質問をよく受けます。私は、食事に必要なベトナム語と数字だけは覚えました。ベトナム語の数字が判らないと、簡単に横領やごまかしをされてしまいます。それが常識だからです。前の話ですが、お弁当を頼んでいた際、いつの間にか毎回水増し個数を頼まれていたことがありました。月16,000円が月21,000円で請求されていました。毎月、定期的に5,000円の裏金を作られていたのです。

ベトナム人の給与は、月2万円とか3万円が相場です。そんな中、一日に2万円とか3万円とかを使っている人がたくさんいます。それらは皆、不動産バブルで金を作った人達です。特にこの2~3年勢いをつけているITバブルの関係で、一等地の不動産は5倍に跳ね上がったと聞いています。なんといっても、街中にランボルギーニやベンツが走っているのですから。

この国の不動産オーナーは、銀行決済はしません。銀行というものを、そもそもまったく信用していません。円は人気があるので、未だに、10年前の一万円札が流通していたりします。

最近ブームなのが、プール付完全セキュリティ付のマンションです。外国人も買える特区があるのですが、その建て方が不思議です。工事中、買主の資金を、必要な段階になるとその都度集めて建築を行うのです。つまり第1期に30%、第2期に30%みたいな感じで。これも銀行を信用しない、銀行からお金など調達しないという現れのひとつです。信じられるのは現金のみということでしょうか。購入しているのは、ほとんどが現地のベトナム人資産家です。外国人は50年の定期借地権購入しか認められていないため、外国人の購入は少ない様子です。

さて私がこのベトナムで一番苦労していることですが、それは言葉のニュアンスや意図を的確に伝える事です。しかしこの部分には、大きな無理があしました。そこで私が学んだのは、四の五の説明するのは避け、ただ、「置け!」と命令することでした。

ベトナム人には悪い輩は少ないです。クセのある輩は1週間くらいですぐに辞めていきます。

**************お話終わり***************

以上、こんなお話を頂戴しました。お役に立てましたでしょうか?

工場の中は、決して洗練されたものではありません。ただ、僕が風邪気味で鼻をかみ続けていれば、すぐにティッシュボックスを目の前に置いてくれたり、足下にはゴミ箱を置いてくれたりと、社員の教育が行き届いた会社だと、感銘して工場を後にいたしました。

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